おや?
息子のおでこの生え際に、
違和感を覚えました。
ザワザワする、嫌な予感。
2024年。中学一年の夏休み、
後半のことでした。
見て見ぬふりをしたまま、
夏休みは終わり、

毎朝叩き起こす日々が、
また始まりました。
当時は、毎朝苦痛に感じて
いましたが、今振り返ると
あの頃は幸せでした。
中学入学直後、
2学期に行われる体育祭の
実行委員に名乗り出たり、

部活で、先輩たちとの
交流を楽しんでいました。
中学受験をしましたが、
憧れていた、志望校には
残案ながら届きませんでした。
それでも。気持ちを切り替えて、
ここで6年間キラキラの青春を、
送るものだと思っていました。

それなのに…。二学期から、
行き渋るようになりました。
体育祭までの約1か月は、
遅刻や五月雨登校を繰り返しながら、
通いました。
しかし、体育祭での役目を
終えたのを機に、
学校から距離を置きました。

おでこの違和感の正体は、
抜毛行為でした。
「自分で抜いているため、
治療方法がありません。
レーザー治療は、
抜いていたら意味がないのです」

医師からそう告げられ、
そのような行為があることすら
知らなかったので、
頭が真っ白になりました。
黒々とした髪の間から見える、
大きな地肌が、視界に入ります。

その地肌が、
まるで私を責めている
ように感じ、
次第に息子の顔を、
直視できなくなっていきました。
息子の生活は、ゲーム中心に。
現実逃避のためのゲームなのに、

上手く操作ができないと
ゲームでストレスをため、
苛立ちを爆発させていました。
「また髪を抜いているかも…
息子の部屋の床に落ちた大量の髪を
掃除する苦しさ。虚しさ。
「なぜ、こうなった?」
「どこで間違えた?」

「もう無理だ」
もう、全てを終わらせたくて、
ラクになれる方法を、
必死に検索していました。
私の異変に気付いた知人から
「お父さんとの関係はどうなの?」
と聞かれました。

3年前から、
単身赴任であることは、
伝えていましたが、
これを機に、今まで話せなかった
秘密を打ち明けました。
夫のモラハラに、
長年苦しんでいること。

一番に助けてくれるはずの夫に、
SOSを出せない辛さ。
知人は、涙を浮かべながら
「不登校の親を支援してくれる、
男子校の先生がいるらしい。
友人がお世話になり、
救われたと言っていた」
と話してくれました。

優しい知人は、友人のつてを辿り、
その先生の連絡先を調べてくれました。
「困ったときは、助けてもらうの。
親が問題を一人で抱え込むことは、
『自分で解決しなさい』
と子供に無言のメッセージとして
伝わってしまうんだよ」と諭されました。

紹介してもらった先生は、
偶然にも、息子がとても
憧れていた中学校の先生でした。
頼りたいと思いながらも、
頼る=迷惑。
我慢が美学だと、
長いこと、教え込まれてきたため、
助けを求めることに躊躇し
その後も一人で抱え込み続けました。

味覚を失い、
とうとう壊れ始めたと自覚し、
ようやく先生に連絡をしました。
息子の様子を尋ねられると
思っていたのですが、
話題の中心は私でした。
両親との関係 生い立ち
夫婦関係 人間関係 息子との関係

先生は雑談を交えながら、
私の心の奥深くに眠る、
目に見えない問題を
見ようとしているようでした。
先生とは、たった数回の面談を
しただけなのに、何故この人には、
洗いざらい打ち明けられるのか?
人との間に壁を作る
ことに長けていた私は、
不思議に感じました。
先生との間には、
否定されない安心感
と信頼関係が出来ていきました。
顔色を窺う癖、頼れない性格。
自信のなさ。

「今までそうやって、必死に自分で
自分を守って、生きてきたんだね」
と優しい言葉をかけられて、
号泣しました。
親からも夫からも、
感じたことのなかった安心感。
「そんなに、
頑張らなくてもいいんだよ」
と認めてもらえる安心感。

これまで「今のままではダメ。
何かを変えなければ誰にも
認めてもらえない」と、
自分の感覚や感情を
後回しにして生きていました。
この思考が息子へのプレッシャー
になっていたのかも……。

先生との対話の中で、
そんな問いが、生まれてきました。
「私のままでは認められない」
という生きづらさを和らげ、
先生との間に生まれた、
安心と信頼を
息子との間にも育んでいく。

これまでの関係を、
こうやって新しい形に置き換えて
いきたい。
これまでなかった、
新しい視点が見えてきました。
そのためには、私がわたしを許し、
受け入れて、穏やかに過ごすこと。

必死に生きなくても、大丈夫。
ありのままの私を大切にすること。
それが結果として、息子に
「生きることは、もがく事ではない。
頑張る必要もないんだよ」
という、メッセージになるの
かもしれない。

今は、そんなふうに思っています。
全てのものをありのままに、
受け入れる大切さ。
息子が学校に行けていないことを、
こうやって受け入れていきました。
今も「私は私のままでいい」
を整え中です。
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